大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成3年(ワ)7001号 判決

原告

玉森英雄

右訴訟代理人弁護士

紙子達子

被告

三和ホーム株式会社

右代表者代表取締役

山中正

右訴訟代理人弁護士

正國彦

島田寿子

主文

一  被告は、原告に対し、金三五〇万六八三三円及びこれに対する平成三年四月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを四分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金四六〇万六八三三円及びこれに対する平成三年四月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告会社に定年退職届を提出した原告が、被告会社に対し退職金三〇七万三五〇〇円及び未払賃金五三万三三三三円(二〇日分)の支払いを求めたもので、被告は退職届提出以前に原告を懲戒解雇したからその支払義務はないと主張している事案である。なお、原告は、業務打合せ中に、被告会社専務取締役等から暴行を受けて傷害を受けたとして、被告会社に対し、不法行為を理由に慰謝料一〇〇万円の支払いをも求めており、被告は暴行の事実を争っている。

一  争いのない前提事実

1  被告は、建物建築工事請負、不動産の売買、賃貸、仲介、管理等を主たる業務とし、従業員四〇〇名の株式会社である。

2  原告は、昭和七年二月二〇日生れで、昭和五八年四月、新聞の求人案内により被告会社に入社し、営業関係の業務を担当して勤務してきた。そして、昭和五九年五月には、営業次長に昇格し、また、平成二年二月当時満五八歳の定年を迎えるところ、就業規則五〇条二項に基づく勤務延長の取扱いにより、定年を一年間延長して勤務することになり、理事営業本部長として従前どおりの月額賃金八〇万円(本給四五万円、役職手当一五万円、その他諸手当二〇万円)の支給を受ける一方で、平成二年一〇月一日から三和ホームサービス株式会社(以下「三和ホームサービス」という。)に出向し、同社の常務取締役の地位にあった。同社は、株式会社マエダドライウォール(代表者前田修)を商号変更したもので、代表者は、前田修(以下「前田」という。)が就いていた。

3  原告は、平成三年二月一日午後、被告代表者山中正(以下「山中」という。)に呼出され、午後五時頃、被告会社の会議室に赴いたところ、山中及び被告会社専務取締役松井伸悦(以下「松井」という。)から、原告が山中の承諾を受けずに三和ホームサービス名義で同年一月二八日付の貸室賃貸借契約書を作成していたことを問い質され、被告会社のためにしたことで後日山中の承諾を得る予定であったと説明したが、山中らは、これを納得せず、原告が自己の利益のために密かにしていたものであると非難した。原告は、同会議室で始末書を作成し、被告会社にこれを提出した。

4  原告は、被告会社に対し、平成三年二月一五日に、同月二〇日をもって勤務延長期間満了により定年退職する旨の申し出をした。被告会社の退職金規程によれば、勤続年数三年以上の者は同規程の適用を受けるものとされ、退職金額は退職時の本給に同規程別表の勤続年数に対応する倍率を乗じて算出し、一年未満の端数は端数切捨ての当該年の倍率を一二分し、その在職月数を乗じたものとする旨規定されている。なお、定年退職の場合は右計算による退職金の全額支給となる。原告の場合、平成三年二月二〇日をもって定年退職となったときは、勤続年数は七年一〇ケ月となり、支給率は本給の六・〇ケ月及び一二分の一〇ケ月となるので、三〇七万三五〇〇円の退職金が支給される計算であった。

5  そこで、原告は、退職に際し被告に対して右退職金及び同月一日から二〇日までの未払賃金の支払いを求めたところ、被告から、原告を懲戒解雇していることを理由に、これを拒否された。

二  争点

1  懲戒解雇事由の存否及び懲戒解雇の意思表示の有無

(原告の主張)

(一) 三和ホームサービスは、平成二年一〇月に、被告会社本社内に事務所を置き、被告会社の発注する建築内装工事を下請けすることを主な業務としていたが、これに限られていたわけではなく、また、商号変更前の時からの仕事は引き続き行っていた。

原告は、三和ホームサービスの常務取締役として、その売上げ向上を図るため、三和ホームサービスとして、被告会社の元従業員と提携して池袋に新たに営業所を持ち、事業を拡大していくことを計画し、前田の承諾を得た。山中には前田が了解を取り、原告としては、その後に営業所を開設し、動き出す予定であった。

したがって、営業所用にビル一室の賃貸借契約をする準備行為が被告会社に対する不利益行為に当たるものではなく、原告には懲戒事由はない。

(二) 山中は、平成三年二月一日、原告を被告会社会議室に呼びつけ、原告に対し、三和ホームサービス名義で貸室賃貸借契約書を作成していたことを非難し、始末書を書かせた上で、同日付で三和ホームサービスへの出向を解き、被告会社の竣工検査室勤務を命じた。原告は、これまでの被告会社の従業員に対する勤務の過酷さや、山中、松井等の暴力を考えると、これ以上の勤務をすることができなくなり、退職を決意した。しかし、松井は、原告が退職届を提出した際、これを思い止まるよう促した。しかるに、被告は、原告に対する退職金の支払いを免れるために、後日になって、平成三年二月一日に原告を懲戒解雇したと言い出しているに過ぎないのであって、被告主張の懲戒解雇の意思表示は存在しない。

(被告の主張)

(一) 原告は、被告会社の社員として、また、三和ホームサービスの取締役として、被告会社の顧客サービスのために、工事を受注し、営業成績を上げるように努めるべきところ、平成三年一月、被告会社本社から離れて、被告会社及びその顧客以外から仕事を受注すべく営業活動を行なう拠点として、秘密裡に池袋に営業所を開設するための準備活動を開始し、契約日時を同年二月四日一三時とする貸室賃貸借契約の申込みをした。原告の行為は、出向の目的、任務に違背する背任行為であるから、就業規則六九条七号、一三号に当たる。

(二) 被告は、平成三年二月一日、原告に対し、口頭で懲戒解雇する旨の意思表示をした。退職金規程八条一号によれば、懲戒解雇された場合は、退職金は支給されないことになっている。

2  被告会社の代表者等による暴行の不法行為の有無

(原告の主張)

原告は、平成三年二月一日午後五時から七時までの間、被告会社本社会議室で、山中、松井、木村副社長、玉尾社長室長、三和リエスタ株式会社武村専務から、原告が三和ホームサービスの常務取締役としてその事業を拡大していくことを計画していたことにつき、原告の説明を聞き入れず、バカヤロウと交互に怒鳴られ、山中から熱湯を浴びせられ、恐ろしくて会議室から出たところを、松井及び武村専務から、胸ぐらとネクタイを掴まれ、首を絞められ、胸を殴打されて会議室に連れ戻され、更に突き飛ばされ、「始末書を書け、書くまで帰さない。」と脅迫された。原告は、これらの暴行により、首に強い衝撃を受け、頚椎々間板症及び頚椎捻挫の傷害を受けた。

被告は、代表者山中及び従業員の業務の執行に際し原告に暴行等を加えたのであるから、民法七〇九条、七一五条により、原告に対し、傷害を受けたことによる精神的苦痛の損害を賠償する義務があり、損害額は少なくとも一〇〇万円を下らない。

(被告の主張)

原告がその主張の暴行を受けた事実はない。原告主張の傷害の症状内容を示し、病名を裏付ける資料等はない。

第三争点に対する判断

一  懲戒解雇の意思表示の有無について

1  (証拠・人証略)の結果によれば、次の事実が認められる。

(一) 三和ホームサービスは、平成二年一〇月一日、株式会社マエダドライウォールを商号変更して被告会社の本社内に事務所を置き、新規に営業を開始したが、被告会社が三和ホームサービスに資本参加しているわけではなく、従来からの仕事は引き続き行ないながらも、被告会社の発注する建築工事の内装工事を下請けすることを主な業務とすることとなった。しかし、被告会社からの発注が伸び悩み、その注文不足を補うために三和ホームサービスは被告会社以外からも工事を請け負っていたが、三ケ月を経過した時点で、新しい事業拡大をしなければ経営維持が難しい状態に至った。

(二) その頃、原告は、もと被告会社の従業員である松本一郎が独立して不動産業を営む考えを持っているのを知り、三和ホームサービスの常務取締役として、同人と提携して池袋に営業所を持ち、同人が開拓した顧客と三和ホームサービスの名の下で新築・改築工事の請負契約をするという事業拡大計画を立て、前田の承諾を得た。しかし、原告は、三和ホームサービスの名を使って外に営業所を設ける以上、被告会社の山中の了解をとる必要があり、しかも、この事業に関与する松本一郎が被告会社に勤務していた当時手形詐欺事件を犯して逮捕されたことを理由に被告会社を退職したものであることを知っていたので、山中の了解を得られないことも充分予測できたにもかかわらず、その了解も取らず、平成三年一月二八日、三和ホームサービスの名で池袋のビル内に事務所を賃借する契約の申込みを仲介業者に行ない、同年二月四日に正式契約をするよう運んだ。

(三) 山中は、平成三年二月一日、原告宛の事務所賃貸借契約の案内書がたまたま被告会社に配達されたのを切っ掛けに、原告の計画を知り、原告を被告会社に呼びつけた。原告は、同日午後五時頃被告会社に赴き、山中、松井に対し、あらかじめ承諾を得るつもりであったと説明したが、同人らの納得は得られず、同人らから始末書の提出を強く求められ、直ちにその場で「池袋において事務所を作る件について。三和ホームサービスの常務が、また、出向の身でありながら、報告もせずに勝手に事務所を設置する段取りを致しました。今更ながら会社に御迷惑を掛けることも含めて、本当に反省しています。今後このようなことは一切致しません。いかなる処置もお受け致します。誠に申し訳ございませんでした。以上」と記載して始末書を提出した。山中、松井は、右始末書を受け取るや、原告に対し、三和ホームサービスへの出向を解除することを告げ、被告会社の竣工検査室勤務を命じ、被告会社品質保証部作成の竣工検査マニュアル一部を手渡し、翌日からの仕事の指示をした。

(四) しかし、原告は、翌日から出社せず、休みをとり始めたところ、松井は、平成三年二月五日、前記始末書に「玉森の処理については責任を持って致します。」との意見を付記し、副社長、山中社長の決済を受けたが、原告は、同月一五日、被告会社にこれ以上勤務する気持ちを失い、被告会社に定年退職届を提出した。そして、原告は、定年後の同月二八日、松井から被告会社に対する詫び状を書くことを要求されたが、これを拒否し、その後、未払いの同年一月分の給料(支払い日二月末日)、退職金、離職票等を求めたところ、松井からなぜ勝手に辞めたと非難され、これに応じて貰えなかった。被告会社が職業安定所に対し原告の懲戒解雇を理由として離職日を同年一月三一日とする離職の届出をしたのは、同年四月二日であった。

2  被告は、平成三年二月一日に原告に対して懲戒解雇の意思表示をしたと主張し、証人松井はこの旨を(証拠略)(緊急通達)として同日中に作成し翌日会社内に知らしめたと供述するが、松井が原告に翌日以降検査室勤務をすることを命じたことや松井が同月五日の時点で原告の処理について責任を持つとの意見具申をしたこと等の前記認定事実に照らし、右供述はたやすく首肯することはできず、(証拠略)が真実その作成年月日に作成されたものであることを認めるに足りる証拠はない。

以上の事実によれば、原告は、平成三年二月一五日の定年退職の意思表示に基づき、同月二〇日に定年退職したものというべきであり、それ以前の同月一日に懲戒解雇したとの被告の主張は採用することができない。

二  不法行為の有無について

1  (証拠・人証略)及び前記一1の認定事実によれば、次の事実が認められる。

原告は、平成三年二月一日午後五時頃、被告会社会議室で、山中、松井らから、池袋の事務所を賃借して三和ホームサービス名義での事業拡大を被告会社に無断で進めていたことを強く非難されたが、被告会社からの出向の身でありながら重要な事業計画を積極的に独断で進め、しかも、これが松本ら不良元社員と連携したうえでの計画であったため、山中、松井らがその計画につき原告の個人的な利益のためのもので被告会社の利益に反するものであるとの疑いを持って当然であり、原告の弁解を山中、松井らが納得するに至らず、原告が責任をとって役職を降ろされてもやむを得ない状況にあった。しかし、原告は、その場の厳しい叱責を逃れ会議室から出ようとしたため、山中、松井らに連れ戻され、その際、着衣のボタンがとれたが、やむなく会議室でいわれるままに前記始末書を書いて提出した。被告会社の就業規則七〇条には、役職解任は始末書を取り役職を解くものと規定されている。その結果、原告は、直ちに役職を解かれ、翌日から竣工検査室勤務をすることとなり、午後七時頃帰宅を許された。

2  原告は、主張事実のような暴行があったと供述し、これに沿う(証拠略)があるが、原告本人尋問(第一回)の結果によれば、原告は同会議室から出て三和ホームサービスに立ち寄って(証拠略)の写真を撮った後、帰宅し、三日後の同月四日に自宅近くの杉浦整形外科病院で頚椎々間板症、頚椎捻挫のため約一週間の休務・安静を要する見込との診断を受けたことが認められるが、これらによって会議室での暴行の事実を認めるには不十分であり、診断内容との関連性を明らかにすることはできない。前記一1、二1に認定の始末書提出の経緯からすれば、山中、松井等において原告を会議室に連(ママ)多少の有形力の行使があったものと認められるが、それが原告に受忍できない程度に相当性を欠く理不尽なものであったことを裏付ける証拠はない。

よって、不法行為を理由とする原告の損害賠償請求はその余の点を判断するまでもなく、理由がない。

三  退職金及び未払賃金

1  原告は、前記のとおり平成三年二月二〇日定年退職したものというべきであり、少なくとも本給については従前どおり四五万円を得るべきであるところ、原告の勤続年数は七年一〇ケ月で、支給率は本給の六・〇ケ月及び一二分の一〇ケ月であるから、退職金は少なくとも三〇七万三五〇〇円を下らない計算になる。

2  原告は、平成三年二月一日から同月二〇日までの賃金五三万三三三三円の支払いを請求するが、前記のとおり、原告は二月一日以降被告会社の役職を解かれ、竣工検査室勤務となったのであるから、月額賃金は役職手当一五万円を差引いた六五万円となったものというべきである。そうすると、未払賃金は、右同額の三〇分の二〇の割合による四三万三三三三円となる。

四  結論

以上によれば、本訴請求は、退職金三〇七万三五〇〇円及び未払賃金四三万三三三三円並びにこれらに対する遅滞後の平成三年四月一三日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 遠藤賢治)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例